今枝香
IMAEDA KAORI
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業務内容
サポート
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趣味
物作り…ビーズアクセサリー作り、子供服作り、手芸など簡単に作れるもの限定!、スキューバダイビング(全然行ってないですけど…)、TV鑑賞
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特技
着付け
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好きなもの
スィーツ(甘いものは何でもOK)、スナック菓子、カラフルな色(色鉛筆48色とか…)
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苦手なもの
飛んで向かってくる虫、クイズ
PROFILE
◆ いつも笑顔 ◆
3人きょうだいの長女として、
お城近くの名古屋の中心地で生まれ育ちました。
外で遊ぶのが大好きな好奇心旺盛な子ども。
わりと気の強い子で、
時には男子とケンカをすることもありましたが、
いつまでたっても幼さが抜けなかったようで、
小学生になっても自分のことを、
『かおりはね〜』
と言っていた私に、
『 ”私は” でしょ!』
と、担任の先生から何度も注意されたことは、
今でもはっきりと覚えています。
そんな小学生の頃に、
忘れられない衝撃的な出来事がありました。
3年生の時、とても仲の良かった友達が、
小学生でありながら脳卒中で倒れたのです。
その時は1~2か月で復帰したのですが、
5年生の時に再び倒れ、
左半身不随になってしまったのです。
左手は使うことができず、
左足を引きずりながらしか歩くこともできない。
それなのに友達本人も、
そのお母さんもとても明るく前向きで、
どんな状況でも笑顔でいる姿を見て、
その強さに私も大きな影響を受けました。
◆ 挑戦 ◆
中学に入学して間もない頃、
授業中に窓から外を眺めていると、
ラジカセを持った3年生が2~3人校庭に出てきて、
突然踊り出しました。
怒った先生に追いかけられているその姿を見て、
『中学って凄い……』
と思い、自分はここでどう過ごすのだろうかと、
少し不安に感じたことを覚えています。
けれども、2年、3年と担任が同じで、
いわゆる熱血先生だったため、
その影響力でクラスは一丸となっていました。
『仲間とは?』
ということを常に意識させられて過ごした、
あっという間の中学時代でした。
3年生の進路決定の時期になり、
親から大学には行かせられないと言われていたことから、
就職する事を念頭において商業高校への進学を考え、
家から一番近い学校を志望。
先生からは、
『合格は難しいぞ』
と言われたのですが、
不合格で私立に行く覚悟があるのなら、
挑戦してみろとの話だったので、
『覚悟はある!』
と伝えて挑戦。
無事合格。
いつでも生徒に対して正面から接し、
時には同じ目線で語り合ってくれた先生。
そんな先生のことをいつも、
一番身近で信頼できる大人だと思っていました。
夏休みにパーマをかけて、
2学期早々にバレて叱られたり、
美容師になりたいと言ったら、
高校行ってから考えろと諭されたりしたことも、
しっかりと覚えていますけれど(笑)
◆ 先輩にあこがれて ◆
商業科という事もあり高校は女子ばかり。
1〜2割程いた男子はみんなガタイがよく、
ほとんどがラグビー部に入るために入学した人たち。
私は小中学校では帰宅部でしたが、
その高校は部活が盛んで、
運動部は就職にも有利という噂を聞き、
部活のオリエンテーションに参加。
そこで陸上部の先輩(女子)のカッコ良さに惹きつけられ、
『あの人を先輩と呼びたい!』
という、何ともねじれた動機で陸上部に入部。
後からマネージャーという選択肢もあったと気付きましたが、
その時は考えが及ばずに競技種目を選択することに。
『走る距離が短いから楽だろう』
と安易に考えて短距離走を選ぶも、
浅はかでした……
走る距離は短いけれども、
練習は何本も何本もひたすら全力疾走。
そんな事実を知ったけれども時すでに遅し。
3年間走り続けました(笑)
ですが、短距離走を選択した理由がもう一つ。
それは、憧れの先輩が短距離だったから。
直属の後輩になり、先輩から、
『かおり』
と呼んでもらえたことが嬉しくて嬉しくて♡
髪型も先輩のマネをしたり、
一緒に撮ってもらった写真を皆に自慢気に見せたりと、
本当に先輩のことが好きで、
それがあったから部活を頑張れた気がしています(笑)
就職に有利だと入った部活でしたが、
結局は就職活動をすることなく、
ご縁で内定をもらうというオチがつきましたが、
3年間やり遂げたという自信にはなりました。
◆ そんな大人になりたい ◆
高校生活は部活が中心でしたが、
色々な経験がしたくて、
近所のアイスクリーム屋さんで土日にバイト。
学校最寄り駅近くのお店だったので、
生徒も先生も通りかかります。
実は校則でバイトは禁止。
お店の中から外を確認し、
見つからないように注意を払っていたのですが、
卒業式の日に先生から、
『お前!あそこでバイトしてただろう!』
と思わぬ告白。
『え~バレてた?』
『バレるわ!!!』
それまで黙っていてくれてた先生。
再び身近な大人の温かさと寛大さに触れたことで、
私もそんな大人になりたいと思いました。
◆ 社会人デビュー ◆
ご縁があって入った会社は繊維商社で、
海外営業部に配属。
仕事内容はインボイスや、
パッキングリストの作成等の営業事務。
事務と言えども、
景気の良い時代だったこともあって超激務!
夜中12時を回っても仕事が終わらず、
みんなで夕食という事も度々。
取引相手はアジア圏が中心で、
時に英語で電話が掛かってくる。
『あ……、少々お待ちください……
○○さん!英語で電話が掛かってきました〜(泣)』
いつも同僚に泣きついていましたが、
次こそ絶対に、
『ジャスト モーメント プリ〜ズ』
って言うぞと何度心に誓った事か。
でも、ほぼ言えたことがありませんでした(笑)
仕事は部署内だけでなく、
他部署の人とも交流があり、
洋服のデザイナーさんや、
デザイン画から型紙を起こすパタンナーさんとも関わり、
そこで物づくりの楽しさを知りました。
忙しくても仕事がとても楽しく、
その会社には7年間勤めたのですが、
結婚を機に退職することに。
◆ 未知の世界へ ◆
その後は派遣社員として、
色々な会社を渡り歩いていたのですが、
ご縁があって安井建設から声をかけていただきました。
それまで名古屋市から出たことがなく、
江南市という馴染みのない場所で、
まったく未知の建築の世界。
けれども人と関わる事が好きで、
物づくりも好きな私。
覚悟を決めて入社。
しかし、子どもがまだ小さかったこともあり、
家から遠い会社への通勤と、
未経験の業界の仕事ということに対して、
初めの頃は不安がなかなか消えませんでした。
それでも、お客様や職人さん、
そして頼りになるスタッフと共に、
たくさんの家づくりに携わってきたことで、
今ではとてもやりがいのある仕事へと変わっています。
◆ 恩返し ◆
この会社で働くということは自分の意志で決めましたが、
自分の意思で会社を探したのではなく、
人との良きご縁で出会えた会社です。
そのことには感謝しかありません。
私の人生を振り返ってみると、
家族、友達、先生、仲間など、
本当に人に恵まれ、たくさんの人に支えられて、
ここまで歩んでこられたのだと感じています。
これからはその恩返しのつもりで、
私が周りの人々を支えていきたい、
そう思っています。
今枝 香
MESSAGE
家を造るというのは、人生の中でも一大イベントになります。
そのイベントを笑顔で楽しく過ごして頂き、何より家づくりをして良かったと思って頂けるように、夢のお手伝いをさせて頂きます。
私の好きな言葉「笑う門には福来る」です。笑って笑って福よ来い!!ですね。
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